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初冬の札幌行きを決め、大まかな行動計画と、昼、夜に何を食べるかを思い巡らせていました(朝は近くのコンビニで買ってきます)。ラーメン、焼物(ホッケ、ホタテなど)、ジンギスカンは外せない、どれも地元の方たちも普段から好んで食べているものだと思います。美味いにきまっています。初日の昼は、観光客らしく、すすきのにある元祖・さっぽろラーメン横丁に向かいました。開業当初からやっているとのお店で味噌ラーメンを頂きました。旨味はしっかりと濃いのですが、さっぱりとしているのが特徴のように思いました。そう云えば、若い頃の話ですが、札幌市内のどこかの横丁でラーメン店のはしごをしたことが思い出されます。今回のお店では、たまたまのようですが(途中で手伝い大丈夫?のような電話が入っていました)、一人でカウンターを切りもりしていて、外国人のお客さんが5、6人来て各々が別々のスープや具材の注文をしても、複数の鉄鍋を駆使して見事に全員同時に提供していました。
焼物は近場の居酒屋に適当に入っても良いかな?とも考えたのですが、折角なので人気店へと、インターネットで調べて予約を取ろうと2、3件に電話しましたが何処も一杯でした。すすきの中心部にあるビルの1、2階の居酒屋さんも何処も一杯。狸小路に行きついて商店街を歩いていると、こじんまりした横丁に料理屋さんが並んでいました。横丁表にある各店のお薦めをみて目指した1軒がたまたま空いていて、入ってみたら大当たり!道東で捕れた魚介類が直送されてくるお店で、他所では食べられない逸品を堪能してきました。札幌、というか、北海道の奥深さを知らされました。
ジンギスカンは、旅行者としての時間的な制約もあり、前述のさっぽろファクトリーの一角にある、ビヤケラー札幌開拓使店で調理済みのランチを頂きました。地元の方が好むのは、柔らかくてくせの少ないラム肉ではなく、少しくせのあるマトンなのだそうです。そもそも何故羊の肉なのでしょうか。帯広で有名な豚丼、家庭料理としても根付いているそうです。北海道ですき焼きと云えば豚肉だと聞きます。北海道には限らず各地域で有名な食べ物、料理が地元に根付いたものだと考えると、北海道民は牛肉をあまり食べない‥。数十年前、道内で生まれ育った友人が言っていたのは、牛肉は売り物だから食べない。飲食店の賄いがお客に出す料理とは違うものだという理屈と同じことで、何となく納得してしまいます。なお、繰り返しますが、数十年前に聞いた話ですので、今でも道内の家庭が同じ状況か分かりませんので念のため。
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北海道はお菓子の美味しい街が多いことで有名です。函館の多くの菓子職人の方が発祥とされていますが、第二次世界大戦後は先ず、帯広の六花亭と柳月が広く知られるようになりました。現在は札幌のほか道内各地に多くのお店があります。今回は砂川に本店がある北菓楼の札幌本館を訪れました。赤れんが庁舎近くにある伝統ある旧北海道庁立図書館を改修し、1階を店舗に、2階を落着いたカフェにした建物です。今回は2階でケーキセットをゆったりした気分で頂いてきました。
北海道のお菓子が美味しいのは新鮮な原材料に恵まれているから–というのも一因のようですが、道外で「十勝産小豆使用」と謳った高級和菓子をよく見かけますし、北海道産の乳製品や小麦、砂糖を使った洋菓子も原材料を運べば作れることを考えると、別の理由があるような気がします。西洋文化を積極的に取り入れてきた北海道と洋菓子のイメージのマッチングもよく、何よりも自然な口当たりに仕上げられ、2度、3度と食べたくなるものが多いことに気づきます。
お菓子のほか、農畜産物、ビール、ワインなど大地からの恵みを見わたすと枚挙にいとまがありませんが、海の幸も見逃せないのは多くが認めるところです。札幌には海がありませんが、港町小樽へはJRで30分程度の至近距離です。南小樽駅で降りて、オルゴール堂本館辺りから堺町通りに軒を連ねる様々な店に寄り道しながら小樽駅方面に向かいます。途中に寿司屋街があり小樽に来たからには外せないのですが、今回は敢えて我慢して通り過ぎ、JR小樽駅近くの三角市場に向かいました。市場内には海産物主体の商店が狭い通路の両側に連なり、季節柄か水槽に大形の蟹が目立ちます。また、他所では見ない八角やシャコが容器の中で所狭しと肩を並べていました。また市場には商店の間に食堂が混在しています。中には商店の生簀の魚介類を海鮮丼にしてくれるところもあり、しかもそれが特別メニューではなく通常メニューなのです。この季節はムラサキウニがないからと、こんもり盛られたウニが馬糞ウニだったり、帆立の貝柱はしっかりした歯ごたえで、生のままの舌触りの良いヒモが添えられていたりと、地元でしか体験できない贅沢ができました。
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札幌市地下鉄の乗換え駅になっている大通り駅から東に一つ行ったバスセンター前駅近くに、さっぽろファクトリーという大きな商業施設があります。その名前からも想像できますが、歴史を感じさせる煉瓦造りビール工場の建物を残して、隣地は地下1階、地上4階建ての魅力的なショッピングセンターになっています。
工場では今でも醸造が行われていて、見学ルートも整備され、「札幌開拓使麦酒・賣捌所」ではリーゾナブルな価格で当時のビールを頂くことができます。札幌に限ったことではありませんが、伝統を末長く伝えてゆくためには、現代、そして未来のヒトとの出会いの場が必要です。さっぽろファクトリーはそれを実現し、更に未来への発展の可能性も感じる施設でした。
また、札幌を代表する観光地となっている北海道庁旧本庁舎「赤れんが庁舎」は改修工事のため、3年間以上の休館期間に入っています。建物の保存に加え、近い将来により多くのヒトが訪問した際、当時の建造物の素晴らしさに加え、開拓使や個人としてのリーダー、指導者、そして移民の方などのエネルギーを感じることができる展示資料に出会えるような場にして頂けると楽しみだな、と思います。
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千歳に着いて空港出口までの長い通路を歩くと、サッポロクラシックというビールの広告に目を引かれます。白地の缶にネイビーと金色の文字で描かれたデザインが北海道らしく爽やかな感じです。「北海道限定」。喉越しがすっきりして、現地に来ないと飲めないと思うと更に旨さが増す気がします。お菓子にも千歳空港限定品などが沢山あります。観光庁の宿泊旅行統計調査のデータを見ると、東京都、大阪府に次いで北海道には泊まりがけでの観光客が多いのですが、観光入込客統計という別の指標では、実は道外からの宿泊客よりも道内からの宿泊客の方が多く、全国的に比べても県(道)外からの宿泊客はそれほど多くありません。つまり、拡大解釈すると、北海道限定商品の購買層は北海道民が相当数を占めているように推察されます。北海道では品目に限らずに地産地消が活発なのでは?と気づかせる商品パッケージついて、2019年9月の追加記事をご覧下さい。
• 地域の食が楽しめるスーパー・コンビニのお弁当
伝統と現代、未来との融合
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本州から北海道への旅行には飛行機か、函館北斗駅までの新幹線、自家用車で移動したい場合にはフェリーを利用するなどお好みの選択肢があります。時間が取れない場合は、羽田空港から飛行機に乗って1時間余りで行けてしまう気軽さです。一方、1988年(昭和63年)までは、列車で青森駅まで、更に青函連絡船で函館駅へ渡る経路が比較的安価で旅行にも利用されていました。札幌は今よりも憧れ感が強かったように思います。旅行してきたヒトが言いました。「時計台は周囲がビルで囲まれていてイメージと違っていた。」札幌に行って来たヒトだけが語れる情報であり、旅行パンフレットの周囲切取り写真を情報源とするヒト達は頷くばかりだったことは云うまでもありません。一方、今回の札幌紀行の中で強調したいのは、時計台周辺はどうでもよろしい。僅かな観覧料を支払って木製床の展示室を歩き、様々な資料を見てこその札幌時計台だということです。建物体感について、木造校舎を体験している昭和の方達は学童時代に戻る感覚かも知れません。平成、令和の方達は、ディズニィーのアトラクションを連想するかも知れません。展示資料の中には建物維持の歴史を語る改修前の木製建材も含まれます。また、今回の訪問時にボランティアの案内人の方から伺ったように、明治時代特有の、当時の世代を超えた開拓精神を感じることができます。いずれにしても、札幌時計台は時間を確保して中に入らないといけません。
札幌時計台の正面には五稜星 と呼ばれる赤い星のエンブレムが輝いています。中島公園にある洋館ホテルの豊平館や後述のビール工場にも五稜星があります。開拓使時代の不安が混じった希望のシンボルとされています。「丸くなるな 星になれ」というコピーも思い出しました。
• 「北海道限定」商品
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早めの紅葉も終盤を迎え落ち葉が積もった札幌と小樽の街を歩いてきました。訪問の翌週には同地域では吹雪になったとのことでした。札幌は誰もが認める大都会ですし、小樽にはかつて北のウォールストリートと呼ばれた金融街が形成されていました。先住民の方が永く生活していた大地において、後期の江戸幕府と開拓使が近代の歴史を刻み始めてからまだ200年にもなっていません。しかし、江戸幕府が開国し、日本全体が諸外国に負けられないという強い意識の中にあったことから、北海道民、あるいは道内の行政、企業などの一体感は今でも強く、物事の考え方も合理的な面が多いように感じられます。
• 五稜星でつながる発展の歴史
• 「北海道限定」商品
• 伝統と現代、未来との融合
• 広い大地と海の幸
• 牛肉、豚肉、ジンギスカン
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