月: 2020年3月
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中央政治と地域の独自性
先月17日の朝日新聞天声人語では、近代化とオーストラリアの先住民、そしてアイヌの言語や文化の破壊について言及されていました。第162回直木賞受賞作、川越宗一さんの熱源では、北海道石狩地方で生き抜こうとする樺太アイヌの実体、あるいは当時の樺太の様子がダイナミックに描かれています。大作であるがゆえに、読み手により様々な角度で理解され、考えさせられる面があるように感じました。現在の日本は、概ね民主主義国家で自由に物事を考え、発言することが許されています。他者にも寛容でいられる余裕もある一方、格差社会に向かっているとの見方もありますが、概ね各自が平和な均一社会に生きている感覚の中にいる気がしています。現代において、小説に描かれているような状況を体験することは難しいと思います。想像の中で、新たに発見された地域で暮らすヒトたちが「発見」され、そのヒト達に対して我々は明治時代とは違う対応ができるか考えてみます。少なくとも思慮深く、言語や文化の破壊に繋がらないような配慮したいとの思いはあります。けれども本当にそれは可能なのでしょうか。
近年、日本の経済的排他水域とされる海域での様々なトラブルがニュースになっています。日本のもの、と思っている海産資源が外国船に持ってゆかれるのは愉快ではないと感じます。日本の海上保安庁の船艇により状況が改善されるのを願っていることに気づきます。ここで、同じような状況を国境が曖昧な地域に無理やり当てはめてみます。中央政府はその地域の領有権を主張するために統治しなければなりません。他国に取られてしまいますから。もしもその地域にヒトが居住している場合、コミュニケーションのため、自国のルールを伝えるためには言語について考える必要があります。生活様式が極端に違っていたら、良心のもとで対等の付き合いを目指して文化に介入する可能性もないとは云えません。中央政府から人道的対策と説明を受けると、メイン・アイランドに住む国民の一人としては納得してしまうかも知れません。
まとめ 戻る2012年に国立大学法人総合研究大学院大学が「日本列島3人類集団の遺伝的近縁性」というタイトルでプレスリリースを行っています。その中で、「日本列島人」の共通起源として縄文人があること、弥生時代以降の渡来人との混血である「本土人」、縄文人の特徴を残しつつ北方の人類集団との遺伝子交流のあった「アイヌ人」、本土から多くの移住があったものの縄文人の特徴を残した「琉球人」の遺伝学的特徴について示されています。近代化が進む明治時代前までは、「アイヌ人」や「琉球人」は独自の文化を発展させてきました。
江戸時代より前は日本国内が戦国の時代であったように、明治時代になって世界的な領土争いが行われました。日清戦争の結果、台湾は第二次世界大戦が終了するまで日本に割譲されていました。その結果、沖縄の人たちと台湾との関係性が活性化されました。台湾人の大多数は漢民族であることから、近代になってからの政治的背景による民族交流が加速されたとも云えるのではないかと考えられます。
樺太(ロシア名サハリン)については、南半分が日本の領有であった時期もありましたが、第二次世界大戦が終了後は当時のソビエト連邦による占領を経て、現在はロシア領となっています。また、樺太アイヌの明治政府による北海道への集団移住の歴史があります。北海道アイヌは7世紀以降に東北地方からの移住民と文化と形成したとされ、樺太アイヌは遺伝学的にも伝統文化も異なると推察され、単なるアイヌ居住地域内での移住ではない、やはり近代の政治的背景による大きな影響を受けています。しかし、明治維新以降のこれら各地域の近隣同士の交流を遥かに超える大きな時代の潮流を改めて意識する必要があると思います。
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