国内外に関わらず、富裕層の楽しみであり出資先として、海外旅行が高比率を占めていた ー コロナ禍によりそのようなことが浮き彫りになってきているようです。2020年12月の本稿にて、「この20年間に飛行機で世界中を行き来する人の数は2002年頃に比べ昨年度は3倍に増加していた」と関連する内容に触れていました。豊かになることで自らの経験値を積む、資金投じてクリストファー・コロンブスの苦労を経ずに、異文化に接することができる、そのような時代になっていました。昭和の時代に海外経験が自慢話にできたような新規性はなくても、自分自身の中での充実感を十分に感じることができたようです。何故でしょうか?正解はいくつもありそうですが、一つポイントになるのは、ヒトが生涯の中でできる体験には一定の限界があるという変え難い事実があるからだと思います。資金はその限界というハードルを下げてくれる手段の一つでした。コロナ禍によりその価値観が変わりつつあることに多くの方が気付き始めているようです。
ここで確認しておくことは二つあります。一つは、資金のない多くのヒトは海外旅行をしたくてもできず、あるいは一生に一度だけの目標にするヒトも多くいる事実、不平等があること。別の一つは、富裕層とされるヒトの中には一度も海外旅行をしないヒトもいて、それは不平等ではなく、富裕層の中において生涯に対する意識の仕方に違いがあること、あるいは生涯で成し遂げたい体験は自由選択であることです。組合せが4つあることが分かってきました。1) 旅行したい、資金あり 2) 旅行いらない、資金あり 3) 旅行したい、資金なし 4) 旅行いらない、資金なし。旅行の2文字については無限の入れ替えが可能です。
個人の事情を地域毎のヒトに置き換えてみます。(ここからは完全に私の経験に基づく偏見になりますが) 都市部では各人の周囲環境を踏まえて1) と 3) が混在し、地方では精神的豊かさを踏まえて2) と 4) が混在していると大雑把に見ることにします。このコロナ禍により旅行ができない不満足感は、精神的に豊かな地方ではなく、むしろ一見豊かそうに思われている都市部における富裕層と、そうでない両方の人達の生活の変化において、より顕著になっている可能性があります。緊急性をもってその事実に気づき、早めの対応を取ることが必要だと考えています。
可能な具体的な対応策ですが、この1年間で見えてきたリスクの高い行動に対する更に徹底した自粛を促す広報と教育を行い、それを継続すること。これらを前提として、逆にリスクが低い行動に対しては積極的な緩和をすべきだと思います。ヒトの移動は確実にリスクを上げるようですので、旅行ではなく、先ずは極身近なことに目を向けましょう。各地域内での生活の中で、ご飯屋さんは閉めない、連れ立って入らない。飲む時は話さない、マスクをして話す場を近くに用意する。言い換えると、長年の「ながら」習慣を大幅に縮小する。感染拡大の可能性も完全には否定できない小さな対応ですが、これらを実行するかしないかで数年後の世の中が大きく違ってくるように確信しています。ヒトにとって移動の際の暇潰し策はとても重大事だそうです。船旅でのパーティーからカーラジオまで様々な方法が講じられてきました。一方、時代の流れは間違いなく移動のスピード化です。「ながら」の時代から「集中」の時代へ。移動に対しても徐々に具体的な対応策が見えてきそうな気がしています。